エルサレム ヴィア・ドロローサ

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旧市街のヴィア・ドロローサへ。
キリストが十字架を背負ってゴルゴダの丘まで歩いた道です。
スタート地点であるピラトの官邸から、キリストが息を引き取った場所まで
14か所のステーションがあります。
ピラトの官邸に行く途中で、大きな十字架を持って、歌いながら歩く巡礼者たちと
すれ違いました。

スタート地点

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第1ステーション ピラトの官邸(Jesus is Condemned to Die)
キリストが死刑の判決を受けた場所がこちらにあったそうです。

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第2ステーション 鞭打ちの教会(Jesus is made to Bear His Cross)
キリストが十字架を背負わされた場所
1と同じ敷地内にあります。

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ヴィア・ドロローサというサインがところどころにあります。

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第3ステーション キリストが最初につまづいた場所(Jesus Falls the First Time)
ここは最初、気づかずに通り過ぎしていました・・・

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第4ステーション 苦悩の母のマリア教会(Jesus Meets His Mother)
マリアが十字架を背負ったイエスを見たとされる場所。
ステーション3の隣にあります。教会の中は撮影禁止。

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第5ステーション シモンがキリストの代わりに十字架を背負う(Simon Helps Jesus Carry His Cross)
マルコによる福音書15:21に書かれているそう
確か、ここの外壁にキリストの手形があったはずです。
最初通った時に、たくさんの人が自分の手を壁に押し当てていたので、聞いてみたら
キリストの手形だと言っていて、後でまた来て写真を撮ろうと思ったら、すっかり忘れていました・・・

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第6ステーション ベロニカ教会(Veronica Wipes Jesus’ Face)
ベロニカがキリストの顔をハンカチでぬぐった場所。
そのハンカチは現在バチカンに保存されているそうです。

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第7ステーション キリストが2度目につまずいた場所(Jesus Falls the Second Time)
スークの突当りにあり、まったく気づかずに何度も通り過ぎてしまいました

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第8ステーション 鞭打ちの教会(Jesus Meets the Women of Jerusalem)
ルカによる福音書に書かれている場所。「私のために泣くな、自分たち、また自分の子供たち
のために泣くがよい」とキリストが娘たちに語った場所。
壁に「Ⅷ」と書かれているだけなので、見つけるのが難しかったです。

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第9ステーション キリストが3度目につまずいた場所は見つけられず・・・

ゴルゴタの丘・聖墳墓教会(Church of the Holy Sepulchre)に到着

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第10ステーション キリストが服を脱がされた場所
教会の入り口にあります。
たくさんの人たちが服をバッグなどから取り出し、ここに置いたり、服でここをふいたり
していました。

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第11ステーション キリストが十字架に釘づけにされた場所
ここも見つけられず

第12ステーション キリストが息を引き取った場所
教会の入り口にある階段を上ったところにあります

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第13ステーション マリアが亡骸を受け取った場所 見つからず

第14ステーション キリストの墓
この日はイースターの日曜日とあって、1年に2回ある大きなミサが行われていました。
そのため、世界中からキリスト教徒が集まり、ものすごい人。
この墓の地下に墓石が納められているのですが、2時間待ちといわれ、諦めました。

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急いでまわれば30分ほどで聖墳墓教会まではたどり着けるかもしれません。
私は途中カフェで休憩しながら、ゆっくり当時のことを思いながら歩いていたので
3時間近くかかりました。

ラッキーだったのかアンラッキーだったのか、この日は年に2度あるうちのひとつの
大きなミサにあたってしまい、教会の中をゆっくりみれなかったのが残念でしたが
このミサが見れたのはよかったのかもしれません。

何かを信じることってすごく難しいことだと思います。
特に無宗教である私にとって、目に見えない存在を信じることなんてなおさら。
ここに来るまでは、聖書のようなおとぎ話をどうして信じることができるのかと
不思議でしょうがなかったのですが、世界中から集まった人々が熱心に祈る姿や
キリストのお墓で泣いている姿を見て、なんだか胸を打たれました。
ヴィア・ドロローサを自分の足で歩いてみたことで、おとぎ話のようだと
思っていたキリストの存在がとても現実的となり、イスラエルの人たちにとっての
2000年と言う年月はそんなに昔のことではないのかなと感じました。

 

 

 

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